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VMDインストラクター 鷹取 美加さんを取材しました2010年12月

G-SHOCKビジュアル・ブランディング

VMDインストラクター 鷹取美加さん

鷹取美加さん

カシオ計算機株式会社

国内営業統括部 営業企画

時計ではないG-SHOCK

「日本で有名な時計ブランドは?」と聞かれると、あなたは「セイコー」「シチズン」などと答えるだろう。しかし、「知っている時計の商品ブランドを上げてみて」と言われると、答えに窮する人が多いはず。答えは「グランドセイコー」とか「ルキア」があるだろうが、ほとんどの人は返答できないだろう。

 そんな中で、れっきとした時計の商品ブランドであり、ほとんどの人が知っている国民的な時計がある。「G-SHOCK」という名の時計だ。

 しかし、である。カシオ計算機応接室での取材は、開口一番「G-SHOCKは時計ではありません」だった。

 これは、G-SHOCKは普通の時計と違う、という意味なのだが、確かにそうだ。「知っている時計の商品ブランドを上げてみて」と言われて「CASIO」と答える人は少ないかもしれないが、G-SHOCKと答える人は多いかもしれない。

  だが、G-SHOCKは時計だが、感覚はそれとは違う。山登りが好きな人にとっては高度計であり、ダイバーにとっては潜水データを記録する器具だ。釣り好きの私にとっては潮の干満を見る道具になってるし、ジョギング愛好家にとってはストップウォッチになっている。ストリート系ファッションにもマッチするし、女性向けの「Baby-G」はアクセサリーのような感覚だ。

 それほど、時計と言う概念とは遠く、道具・ファッション・雑貨・・・といろいろな顔を持つ商品だった。

 普通の時計は「時間を計るもの」なのだが、同社の時計は「時間を計算するもの」という考えから始まったもの。「精密機械ではなく、“電子機器”である時計で、ユーザーに何が提供できるのか?」というのがカシオ時計の概念なのだ。さすがに計算機から始まった同社の概念である。同社の計算機は1970年代にデジタル化され、その延長線上でデジタル時計を世に放った。そして1983年にG-SHOCKが産声を上げた。1983年と言えば、今からたった27年前。刻んだ歴史は意外に浅かったのである。

時計営業部の名称は「リストロマン」

 カシオ計算機鰍ヘこのG-SHOCKを皮きりに、デジタルカメラ、電子楽器、電子辞書など、コンシューマー向けの商品ブランドを売場から強化していくという体制を整えつつある。文具店、楽器店、家電店、カメラ店・・・と、多様な販売チャネルからなるのが同社の売場の特徴だ。

  しかもG-SHOCKの販売でさえ、時計専門店・大型量販店・服飾雑貨店・アウトレット店・百貨店と多岐に渡る。「同じ商品がどこでも買える」ということは、商品のマス化に役立つ反面、購入者のブランドロイヤリティが崩れる原因ともなり、同社は危機感を感じていた。それが4年前だ。

 同社営業企画部人材開発室の鷹取美加さんは、当時をこう振り返る。 「時計売場では、商品ブランドではなくCASIOで棚を割り当てられることが多かったです。今でもそのようなパターンは多いのですが。当社の時計は、G-SHOCKの他に、Baby-G・オシアナス・プロトレックなどメインブランドが数点あるのですが、どの小売店様もG-SHOCKを含めてひとくくりに見られていました」

 Baby-Gはレディス、オシアナスは大人のマリンスポーツ、プロトレックはトレッキング・・・とコンセプトや対象者が違うのだが、同じ棚の割当てだった。だが、営業担当は小売店に赴き、いろいろな商品をどんどん置いて行った。カメラ系家電量販店でも時計を扱うようになり、棚あたりの陳列点数はますます多くなった。什器ひとつに3.4ブランドを陳列するケースはザラで、棚はみごとにPOPと商品で埋まっていった。

「G-SHOCKは国内でのブランド認知度が95%以上である唯一の時計ブランド。ですが、商品が大きくかさがある上に展示本数が多くなると、ただ並べるだけで精一杯、結果的にごちゃっとしてしまっていたのが店頭の状況でした」

時計営業当時を振り返る鷹取さん

 同社の時計販売は、流通推進部という小売企業本部を担当する部署と、営業部という各店舗を担当する部署がある。営業企画部は、この二つをフォローする部隊で、彼女はここに属している。このブランドを無視した売場づくりの常識をなんとか打開しようと、各部が協力して対策を練り出した。

 当時、時計営業部は「リストロマン」営業部と呼ばれていた。「腕につけるロマンを売る」という意味だ。格好よいが、ロマンを売る割には、売場がロマンになっていないというジレンマに陥っていた。そこで、売場づくりを営業向けに教育して行こう、という話に落ち着いた。そこで、白羽の矢が立てられたのが、彼女だった。

VMD教育開始!

全国の営業部を研修行脚した

 鷹取さん、名前の通り、飛ぶ鳥を落とす勢いで全国の営業部へ売場づくり教育に赴いた。同時に、売場づくり教育にVMD(ビジュアル・マーチャンダイジング)を導入しようと、私が講師をしている「売場塾」に入塾した。さらにBaby-Gはカラーバリエーションが豊富なことから、色についても極めようとカラースクールにも通った。17年間の時計営業の経験に新しいノウハウを組み込んで、独自の教育法をつくっていったのだ。

「営業研修では、座学だけでなく、実際に売場づくりを体感できる実習を取り入れました。時計サンプル・展示トレー・POP等のディスプレイキットを人が入れるほどの大きさの二つのコンテナに詰めて全国を回りました。私的には、イリュージョンボックスと言っています(笑)」

 研修に回って現場の様子を聞くと、営業が売場をつくることが多い量販店では、単純な考え方で売場づくりをしているケースが多かったという。

例を上げよう。

  • 時計棚や背後の壁にPOPをあるだけつける
  • 売場が目立つように、棚の背後の壁に目立つ色のタペストリーを貼る
  • ガラスケースに商品をたくさん並べてボリュームを出す
  • 夏期シーズンは、ひまわりの花を敷きつめる
  • クリスマス時期は、オーナメントをたくさんちりばめるetc

 このように、メーカーの売場づくりは「他社売場より目立つこと」が目的なので、売場をにぎやかにしがちだった。ただ、それでは逆に客にわかりにくい売場になってしまっているのがわかった。加えて、G-SHOCKという世界観がまったくなく、とてもブランド売場とは言えないものになっていた。

 これを踏まえて、VMD研修では、いきなりVMDに入らずに、「お客様が売場に何を求めてるか」から懇切丁寧に教えた。スーパーマーケットの売場がどうやってできているかを引き合いに出し、顧客目線で売場を見る感覚を養わせた。

 研修をし始めてから2年経って、売場に効果が表れてきたという。

「商品がすっきり見やすくなってきました。単純に多く飾り付けをして売場を目立たせるよりも、商品を主役にして目の留まるポイントをつくることによって、顧客に効率的に売場を見ていただけるような売場になってきたと思います」

 営業部のVMD教育と並行して、流通推進部とともに、お得意先本部に研修を売り込んでいった。 結果、大手GMS、時計専門店、服飾雑貨店で次々と研修が決まっていった。時計だけではなく、デジタルカメラ、電子辞書などの売場に関しても研修回数を重ねていくうちに、新しい研修方法を開発していった。以下に、彼女が考えたオリジナルな研修方法を紹介しよう。

●売場写真ディスカッション

売場写真をチェックする鷹取さん 同一チェーン店の受講者に売場の改善写真を持参いただく。数名のグループに分け、各々で写真についてのディスカッションを行う。その方法は、一人が売場改善のプレゼンを行い、その後グループ内で議論し合うというもの。参加者は「こんな考え方もあるのか」と参考になり、今までの視界が広くなるという。

●売場アバター

 棚・商品・POP・展示台などの切り抜きイラストキットを受講者に渡し、それで売場をつくってもらう。卓上でつくる売場は、POPの位置や商品の棚の位置をきっちり決めないと、売場がバラバラになって見にくくなることが一目で体感できる。

●チロルチョコのコピー・ライティング

展示の仕方を解説しているテキスト部分展示の仕方を解説しているテキスト部分 受講者にチロルチョコを渡して食べていただく。その後、販売対象をOL、主婦、学生などと設定し、POPのキャッチフレーズを書いて発表していただく。

 研修は、初級・中級・上級とグレード別にカリキュラムを作成。教科書も充実させていった。

売場のロゴ統一ルールブックをつくる

  このように、VMD教育は順調に進んでいたが、POPの表現に関しては改善の余地が大きかった。 「G-SHOCKのロゴデザインが守られていない売場が多くありました。色や形が違っていたり、他のブランド名と併記されていたり・・・。ロゴマニュアルはもともと社内にありましたが、それが営業に伝わっていなかったことも一因でした」

 彼女の言う通り、売場には様々なG-SHOCKが存在していた。世界に通用する日本ブランド30傑に選出されている割には、ロゴデザインが売場で統一されていなかったのである。

 私は、広告代理店に20年以上勤務していたが、広告物のロゴ規定に対しては、ブランドが確立している会社ほど厳しかった。ロゴの位置、色、背景のデザインなどが厳しく管理され、校正を余議なくされた経験がある。時計は貴金属と並ぶ高額品で、ロレックスやオメガなど世界ブランドメーカーほど厳しい。商品のクオリティとステイタスを維持するためにも、ロゴ管理は欠かせない。

 G-SHOCKも世界ブランドで、アメリカやアジアでは絶大な人気がある。だが、それらの国の売場でも日本と同じようにロゴが整備されていないようだ。最近、鷹取さんも海外営業部の依頼で中国スタッフ向けにVMDの講習を開いたそうだ。

「当社は、デザインセンターが商品ブランドごとにロゴマニュアルを作っています。それを営業本部がデザインに落とし込んだPOPを、各営業部に斡旋しています。でも、売場では小売店からの要求もあって営業部が直接POPをつくるケースが多いです。各営業部には、POP制作担当者がいて日々現場に即応したPOPをつくっていますが、ロゴ規定にそぐわない例も多かったです」

G-SHOCKの正しいロゴの使い方を指南 売場のロゴ使いを徹底管理するため、組織のしくみも改善した。まずは、販売促進に営業向けのロゴマニュアルを整備してもらった。次に共同で本部のロゴマニュアルを組み込んだ、POPデザインのルールブックをつくった。売場写真のBefore Afterも入れて、「やっていはいけないこと」を明記した。社内イントラネットにできた画像掲示板にロゴマニュアルや見本画像を販売促進や商品企画の協力でアップしてもらい、誰でも見られるようにした。そこにはPOPルールブック等の資料も添付してあり、必要があればダウンロードできるようになっている。

シリーズ名とG-SHOCKロゴとの位置関係を解説「結果、ムダなこともだいぶ減りました。今までは、各営業部で勝手にPOPデザインをつくっていましたが、ネットに閲覧することで「このデザインが欲しい」という人がデザインをダウンロードできるようになりました。例えば、「父の日」「母の日」POPでは、店名や商品名を差し替えるだけで同じデザインを各地の営業部同士が使い回しができるようになりました」

 さらに、彼女のVMD教育にPOP講座を組み入れ、POP作成者にも研修を行うことで、正しいロゴの使い方やPOPデザインの仕方を営業部に伝授した。これが営業本部と地域営業部との橋渡し役ともなり、ロゴやPOP使用で疑問があれば、それら部署を通じて彼女のいる営業企画部と改善のやりとりができるようになった。彼女は言う。

「私のいる営業企画部は扇の要だと思っています。営業本部、営業部、販売促進部等で湧きあがった問題点を営業企画部で受け止めて、改善策を提案していく・・・という役目を担っています。いろいろな部署を、VMDというキーワードで関わり繋げていきます」

 こうした社内外における売場のブランド管理は、今年になってさらに徹底してきた。ある服飾系流通企業で本格的なVMD教育が、先方の依頼をきっかけに始まったのである。3月から毎月研修。商品ブランドごとにブランドのコンセプト、売場構築について行っている。前出のグループディスカッションも取り入れ、「なぜそうなるのか」追求し納得できる研修にした。もちろん同社の主幹営業も参加しているので、メーカーと小売が一体となって売場づくりをするのにも役立っている。積み重ねてきたその成果が広報となり、今では他の流通企業からの研修オファーがコンスタントに入るようになった。

「とはいっても、当社は時計だけのメーカーではありません。デジタルカメラや電子辞書など商品ジャンル別に事業が分かれていますし、卸や小売店様も家電店・文具店・カメラ店・服飾店といろいろです。時計だけでなく、VMD研修を実施していますが、最近ですね、VMDという言葉が社内に定着してきたのは(笑)」

 それだけ、VMDを組織に浸透させるのに時間がかかっているという。同社は時計以外にもブランドが多く、エクシリム(デジタルカメラ)、エクスワード(電子辞書)、カシオトーン(キーボード)と続く。売場のビジュアル・ブランディングはまだスタート地点にすぎない。

「売場づくり“教育”という観点から考えれば、私のいる部署が相当するのですが、ブランディングという観点では、販売促進部からVMDをコントロールしていくのが望ましいかもしれません」

 どこのメーカーでも、ブランディングは、テレビCMや雑誌広告などマス主体に偏りがちで、売場をないがしろにしてきた。しかし、購買の最前線は売場のはずだ。ここをブランド化できなければ、マスで築いたブランドイメージは瓦解する。販促部・宣伝部のような部署がVMDに本腰を上げなければいけない時代が到来したと言っても差支えないだろう。カシオ計算機の今後のブランディングの更なる進化を祈る。

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